でぶりあす通信

"コトバは満ち溢れてるはずなのに答えがないのはなぜ?"

初めて今一番好きな声優の接近に参加して思ったこと

先日、自分にとっては初めてのAqours(斉藤朱夏)との接近イベントとなったお渡し会に参加してきた。参加するにあたり、声優と相互方向のコミュニケーションをとることについて色々と考えていたのでちょっと綴っておく。

 

まず、それなりに高倍率のイベントにCDを積んでまで応募しておいていきなり何を言い出すのかという話なのだが、そもそも僕は以前は自分と声優とのコネクションは一方通行であるべきで、ひたすら背景に徹するのがファンとしてのあり方として自分には向いていると考えていたため、お渡し会に本当に心の底から参加したいのかと聞かれるとよくわからない状態だった。声優オタクを始めた当初は「接近イベントは重要度が違う」などと宣いながらやたらモチベーションが高い時期もあったのだが、幾度か参加してみるうち、神のごとく崇め奉っている演者に対しオタク如きがわざわざ認識してもらい話題を提供して反応をもらう、自分の軽い発言が演者に影響を与える可能性があるということが、楽しいは楽しいし嬉しいと言えば嬉しいのだが、少なくとも自分にとっては強い言葉で言えば結構なストレスになっていることに気付いた。僕が自分は認知厨ではないと度々主張していたのはこういうところに起因する。なので、少なくとも斉藤朱夏に対してはライブやトークを見て帰ってくるだけのファン、背景、モブに徹するつもりでいた。一応手紙を書いたり誕生日プレゼントを送ったりはしていたがそれは自分という個人に対するレスポンスがほぼないと断言できるものだったので別枠ということにしておく。

もちろんラジオにメールを出しては反応をもらったりフラスタを出してはTwitterやブログに上げてもらったり接近に参加しては認知をもらっていることを確認し声優との相互方向的なコネクションを築いていくようなファンとしてのあり方が向いている人もいるだろうし、否定するつもりは全くないことは強調しておきたい。

 

前置きが長くなってしまった上に前置きで語った内容はなんだったのかという話なのだが、今回のお渡しに参加するにあたり考えていたのは「今後どういう斉藤朱夏のファンとしてありたいのかわからない」ということだった。

というのはまずここ2ヶ月ほど簡単に接触ができるアイドルのイベントにそれなりに参加して(アイドルはそういうものというエクスキューズの元とは言え)認知をもらったりタレントとコミュニケーションをとることに慣れていくにつれ、自分が結構相互方向のコネクションを楽しんでいることに気付き始めたためだった。アイドルの接触と声優の接近を単純比較してはいけないことを頭ではわかってはいたが、自分は認知厨ではないという確信は揺らぎ始めていた。

加えて(僕は声優に対しては絶対に背景に徹するという枷などもあって参加しなかった)接近イベントについて「いつも来ているやつはちゃんと覚えているぞ」とアイドルのようなことを言っている(語弊あり)ブログを斉藤朱夏が投稿したことで、タレント側からの許しが得られたような気になってしまい「もしかして声優に対してもそういう相互方向的なコネクションを望んでも良いのか?」という気になっていた。

決定的だったのはお渡し会の1週間前に行われたファンミのお見送り会でライブ中の目線やらレスやらの妄想幻想空想などの類ではない確実なレスをもらったことで「あ〜やっぱ推しからの承認はええなぁ〜!」という気になってしまい、アイドルのイベントと被っていたこともあって参加自体ちょっと迷っていたお渡し会への参加を決めた。

 

参加は決めたものの、長年「自分は認知厨ではない」という自意識に蝕まれた脳みそをすぐに改革することはできず、そのような認識の剥離によって先述のような「どういう推し方をすれば良いのか」という悩みを生むことになった。本当に自分には認知厨的な推し方が向いているのか、一時のDayDreamに囚われて自分の本質を見失っているだけではないのか、そもそもどういう接近からが認知厨てきなムーブになってしまうのか、1週間で答えを見つけることは困難で結局折衷案のような内容の接近に逃げた(一度相互方向的なコネクションを作ってしまうともう一方通行には戻れないことはよくわかっていたのでそういう意識が頭をよぎったというのもあった)。

https://twitter.com/Garchomp1227/status/929259334713819136

https://twitter.com/Garchomp1227/status/929260108596461568

 

で、1度行ってみれば自分の気持ちがはっきりするのではないかと期待していたところもあったのだが、全然わからなかったというのが正直なところで、あと10回ぐらいお見送り会残してるし今後も接近とかある度にうんうんと唸るわけにもいかないしどうしたものかなぁという感じ。でもこれ自分で答え見つけるしかないしなぁ。斉藤朱夏自身に何も文句がないのに自分自身の今後のあり方に頭を抱えるのも馬鹿らしいので早く結論を出したい…。

 

 

後注

文中で度々"推し"という単語を使っていますが僕は単に強く好きでいる対象を推している(推薦する)と定義する世間一般の風潮にあまりピンときておらず、本稿ではあくまで便宜上強く応援している人を推しと呼んでいます。

でも矢川葵ちゃんは推しですかと聞かれたらそうですと即答できるのでそこらへんにアイドルオタクとしての意識と声優オタクとしての意識の違いがあるのかもしれないと思いました。おわり。